ビジネスケース『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』―一橋ビジネスレビューe新書No.7 

ビジネスケース『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』―一橋ビジネスレビューe新書No.7 

元キーエンス営業OBが読み解く、その経営哲学の真髄

キーエンスという企業は、その驚異的な高収益性と独自の経営スタイルで、常にビジネス界の注目を集めてきました。私自身、かつてキーエンスの営業としてその一員であった経験から、本書『ビジネスケース『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』―一橋ビジネスレビューe新書No.7』が、その成功の根源にある経営哲学をどのように分析しているのか、非常に興味深く読み進めました。

本書は、一橋大学イノベーション研究センターと東洋経済新報社が提携して創刊された『一橋ビジネスレビュー』の「ビジネス・ケース」を切り出したものであり、学術的な視点からキーエンスの経営を深く掘り下げています。特に、キーエンスの経営哲学である「付加価値の最大化」を徹底する経営に焦点を当てている点は、私が在籍時に肌で感じていたキーエンスの強さの根源を、客観的かつ体系的に理解する上で非常に有益でした。

「付加価値の最大化」という経営哲学

本書がまず強調するのは、キーエンスの「付加価値の最大化」という経営哲学です。これは単に「安く作って高く売る」という短絡的なものではなく、「使った資本や費用に対して、顧客にとっての商品価値を最大化すること」と定義されています。つまり、低コストで開発・製造し、たとえ高価格でも顧客が喜んで購入してくれる商品を創り出すことこそが、キーエンスの考える社会貢献であるという思想です。

私がキーエンスの営業として活動していた際も、この「付加価値」という言葉は常に意識させられました。単に製品のスペックを説明するのではなく、その製品が顧客のどのような「困りごと」を解決し、どのような「価値」を提供するのかを徹底的に考え、提案することが求められました。本書で述べられている「粗利80%」という商品企画段階での目標は、まさにこの「顧客への貢献度」の高さを示す指標であり、利益の追求だけでなく、顧客への貢献を重視するキーエンスの姿勢を象徴しています。

「徹底的に考える」組織文化と「企画」の概念

キーエンスの強さを支えるもう一つの柱は、「徹底的に考える」組織文化です。本書では、キーエンスにおける「企画」という言葉が、商品企画や経営企画といった特定の業務だけでなく、全従業員に求められる概念であることが述べられています。これは、私が在籍時にも強く感じていたことです。

営業担当者であっても、単に製品を売るだけでなく、「どうすれば顧客がより喜び、少しでも多くの対価を支払ってくれるか」「どうすれば短い時間で効果的に商品の特徴を説明できるか」といったことを常に考え、改善提案を行うことが求められました。事務職であっても、文房具の発注一つにしても、常に改善案を考え、そのコストと効果を定量的に比較して提案することが期待されるという記述は、まさにキーエンスの「全員企画」の文化を的確に表しています。

また、「最も多く考えた人が正しい」という暗黙のルールや、上司が部下に業務の目的を理解させることを求める姿勢は、個人の思考力と主体性を最大限に引き出すための仕組みとして機能していました。これは、単なるトップダウンの指示ではなく、社員一人ひとりが自ら考え、工夫することで、組織全体の付加価値を最大化しようとするキーエンスの哲学が浸透している証拠と言えるでしょう。

「顧客を徹底的に知る」コンサルティング営業

キーエンスの営業OBとして、私が最も共感したのは「顧客を徹底的に知る」という点です。本書で述べられているように、キーエンスが直販体制を取り、従業員の半分以上が営業部門に配属されているのは、顧客の現場を深く理解し、潜在ニーズを探り出すためです。これは、単なる製品の売り込みではなく、顧客の課題を解決するための「コンサルティング営業」そのものです。

私が経験したキーエンスの営業は、顧客の製造現場に深く入り込み、そのオペレーションや問題点を熟知することから始まりました。顧客が抱える「困りごと」を多角的に聞き出し、それに対する最適なソリューションを提案することで、顧客からの信頼を得ていました。本書で紹介されている、若い営業担当者が顧客の無理難題に的確に応え、提案書をFAXする事例は、まさにキーエンスの営業が持つ高い能力と、顧客との信頼関係構築へのこだわりを象徴しています。

また、顧客データベースや事例集、業種別の教科書といったデータベースの活用は、新入社員であっても短期間で質の高いコンサルティング営業ができるようになるための強力な支援ツールでした。これらの仕組みが、個人の能力に依存しない「組織としての強さ」を支えているのです。

まとめ:キーエンスの「本質」を理解するための必読書

『ビジネスケース『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』―一橋ビジネスレビューe新書No.7』は、単なる企業分析本ではありません。キーエンスという稀有な企業の成功要因を、その経営哲学、組織文化、そして営業戦略といった多角的な視点から深く掘り下げています。特に、元営業OBとしての私の視点から見ても、本書が描くキーエンスの姿は、非常にリアルであり、その「強さのメカニズム」を的確に捉えていると感じました。

本書は、キーエンスのビジネスモデルや組織運営に興味がある方はもちろん、自社の高収益化を目指す経営者、営業戦略を再構築したいビジネスパーソン、そして何よりも「働くこと」や「成長すること」について深く考えたいすべての人にとって、示唆に富んだ一冊となるでしょう。キーエンスの「本質」を理解し、自らのビジネスやキャリアに活かすためのヒントが、この一冊には詰まっています。

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