キーエンス女性活躍推進の実態:管理職比率向上と働き方改革の成果

はじめに

日本企業における女性活躍推進が重要な経営課題となる中、高収益企業として知られるキーエンスの女性活躍推進の取り組みが注目されています。製造業、特に技術系企業では伝統的に男性中心の組織構造が続いてきましたが、近年の人材多様化の流れの中で、キーエンスはどのような変革を進めているのでしょうか。

本記事では、キーエンスの女性活躍推進の現状と課題、具体的な支援制度、働き方改革の成果、そして女性社員の生の声を通じて、同社のダイバーシティ推進の実態を詳しく解析します。

女性管理職比率の現状と推移:数字で見る変化

現在の女性社員比率と管理職登用状況

2024年のデータによると、キーエンスの従業員に占める女性比率は7.9%となっており、製造業の中でも特に低い水準にあります。全従業員約3,000名のうち、女性社員は約240名という構成です。この数字は、同業他社と比較しても顕著に低く、技術系企業特有の課題を浮き彫りにしています。

管理職における女性比率については、長らく0%が続いていましたが、2024年には役員に占める女性の割合が8%まで上昇しました。これは1名の女性役員の登用を意味しており、同社にとって歴史的な転換点となっています。しかし、中間管理職レベルでの女性登用はまだ限定的で、課長級以上の管理職における女性比率は依然として1%未満にとどまっています。

業界比較と課題の明確化

電子部品・デバイス業界の平均と比較すると、キーエンスの女性活躍推進は大きく遅れていることが明らかです。業界平均の女性社員比率が約25%であるのに対し、キーエンスは7.9%と大幅に下回っています。また、女性管理職比率についても、業界平均の12%に対して1%未満という状況です。

この背景には、同社の事業特性が大きく影響しています。キーエンスの主力事業であるFA(ファクトリーオートメーション)機器の開発・営業は、従来から男性中心の分野とされてきました。特に、顧客である製造業の現場も男性が多く、営業活動においても男性社員が有利とされる風土が長く続いていました。

近年の変化の兆し

しかし、2020年以降、同社の女性活躍推進に対する姿勢に変化が見られます。新卒採用における女性比率は、2020年の5.2%から2024年には10.6%まで上昇しており、採用段階での意識変化が数字に表れています。

また、女性社員のキャリア形成支援にも力を入れ始めており、技術職・営業職を問わず、女性社員の能力開発プログラムを拡充しています。これらの取り組みの成果として、今後5年間で女性管理職比率を5%まで引き上げることを目標として掲げています。

育児支援制度の充実:制度整備と実際の活用状況

産休・育休制度の現状

キーエンスでは、法定を上回る育児支援制度を整備しています。産前産後休暇は法定通り14週間、育児休業は最大2年間まで取得可能となっており、制度面では充実した内容となっています。

育児休業給付についても、法定の67%(6ヶ月経過後は50%)に加えて、会社独自の上乗せ給付を行っており、休業期間中の経済的不安を軽減する仕組みを構築しています。また、育児休業期間中も社内情報の共有や研修機会の提供を行い、復職時のスムーズな職場復帰をサポートしています。

制度活用の実態と課題

しかし、制度の活用状況を見ると、まだ改善の余地があることが分かります。2023年度の育児休業取得率は、女性が100%である一方、男性の取得率は5%未満にとどまっています。これは、同社の企業文化や働き方と密接に関連しています。

特に営業職においては、顧客との関係性を重視する文化があり、長期間の休暇を取ることに対する心理的なハードルが高いとされています。また、高い業績目標と成果主義の人事制度の下で、育児休業を取得することがキャリアに与える影響を懸念する声も聞かれます。

復職支援と時短勤務制度

育児休業からの復職支援については、段階的な職場復帰プログラムを導入しています。復職前の面談、業務内容の調整、メンター制度の活用など、きめ細かなサポート体制を整備しています。

時短勤務制度については、子どもが小学校3年生まで利用可能で、1日6時間または7時間の勤務を選択できます。ただし、営業職の場合は顧客対応の関係で制約があり、実際の活用は限定的となっています。この点については、リモートワークの活用やチーム制営業の導入など、働き方の多様化を通じた改善が検討されています。

保育支援と家族サポート

子育て支援の一環として、企業内保育所の設置も検討されています。本社近隣に認可保育園との提携による専用枠の確保や、病児保育サービスの利用補助なども実施しており、働く親の負担軽減に努めています。

また、配偶者の転勤に伴う転居の際の配慮制度も整備されており、可能な限り勤務地の調整や在宅勤務の活用により、家族の事情に配慮した働き方を支援しています。

キャリア形成支援:女性社員の成長を促す取り組み

女性向けキャリア開発プログラム

キーエンスでは、女性社員のキャリア形成を支援するため、専門的な研修プログラムを導入しています。「女性リーダーシップ研修」では、管理職候補の女性社員を対象に、リーダーシップスキル、コミュニケーション能力、戦略的思考力の向上を図っています。

この研修は年2回実施され、外部の専門講師による講義と、社内の女性管理職(少数ながら)によるメンタリングを組み合わせた実践的な内容となっています。参加者からは「自信を持って発言できるようになった」「キャリアビジョンが明確になった」といった前向きな評価が寄せられています。

メンタリング制度の活用

女性社員のキャリア形成を支援するため、メンタリング制度を積極的に活用しています。経験豊富な先輩社員(男女問わず)がメンターとなり、若手女性社員のキャリア相談や業務指導を行っています。

特に技術職の女性社員については、同じ技術分野で活躍する先輩社員とのマッチングを重視しており、専門性の高い業務における成長をサポートしています。営業職においても、顧客業界に精通したメンターとの組み合わせにより、効果的な営業スキルの習得を促進しています。

社外研修・資格取得支援

女性社員のスキルアップを支援するため、社外研修への参加や資格取得に対する支援制度を充実させています。MBA取得支援、技術系資格の取得奨励、語学研修の提供など、多様な学習機会を提供しています。

特に注目すべきは、女性社員を対象とした海外研修プログラムです。グローバル展開を進める同社において、国際的な視野を持つ女性リーダーの育成は重要な課題となっており、年間5名程度の女性社員を海外拠点に派遣し、現地での業務経験を積ませています。

キャリアパスの多様化

従来の営業職・技術職という二極化したキャリアパスに加えて、女性社員の多様な能力を活かすため、新たなキャリアパスを創設しています。

マーケティング職、プロダクトマネージャー職、カスタマーサクセス職など、女性の特性を活かしやすい職種を新設し、技術と営業の橋渡し役として活躍できる環境を整備しています。これらの職種では、既に複数の女性社員が管理職候補として活躍しており、今後の女性管理職比率向上の牽引役として期待されています。

評価制度の見直し

女性社員のキャリア形成を阻害する要因の一つとして、従来の評価制度における課題が指摘されていました。長時間労働を前提とした評価基準や、営業成績偏重の評価システムが、ワークライフバランスを重視する女性社員にとって不利に働く場合がありました。

これを受けて、2023年より評価制度の見直しを実施し、成果の質を重視した評価基準の導入、チーム貢献度の評価ウェイト向上、多面評価の活用など、より公平で多様な働き方に対応した評価システムへの転換を進めています。

ワークライフバランス施策:働き方改革の実践と成果

労働時間短縮への取り組み

キーエンスは従来、長時間労働で知られる企業でしたが、近年は働き方改革に積極的に取り組んでいます。2022年のデータでは月間平均残業時間が57.2時間と業界平均の2倍超でしたが、2024年には45時間程度まで削減されています。

この改善の背景には、業務効率化の推進、ITツールの活用、会議時間の短縮など、組織的な取り組みがあります。特に「ノー残業デー」の設定(週1回)、「プレミアムフライデー」の推奨、長時間労働者への産業医面談の義務化など、具体的な施策を通じて労働時間の適正化を図っています。

リモートワーク・フレックス制度の導入

2020年のコロナ禍を契機として、リモートワーク制度を本格導入しました。技術職については週3日、営業職については週2日のリモートワークが可能となっており、通勤時間の削減や家庭との両立に大きな効果をもたらしています。

フレックスタイム制度についても、コアタイム(10:00-15:00)を設定した上で、7:00-22:00の範囲内で柔軟な勤務時間の設定が可能となっています。特に子育て中の女性社員からは、保育園の送迎時間に合わせた勤務が可能になったとして高い評価を得ています。

有給休暇取得促進策

有給休暇の取得率向上も重要な課題として取り組んでいます。従来は業界平均を下回る取得率でしたが、以下の施策により改善を図っています:

•計画的有給取得制度: 年度初めに有給取得計画を立て、上司との面談で取得時期を調整

•連続休暇取得推奨: 年1回以上の5日間連続休暇取得を推奨

•アニバーサリー休暇: 誕生日や結婚記念日などの特別な日の有給取得を奨励

•リフレッシュ休暇: 勤続5年、10年の節目での特別休暇付与

これらの取り組みにより、有給取得率は2022年の45%から2024年には65%まで向上しています。

健康経営の推進

女性社員の健康管理にも特別な配慮を行っています。定期健康診断に加えて、女性特有の健康課題に対応するため、婦人科検診の費用補助、更年期障害に関する相談窓口の設置、メンタルヘルスケアの充実などを実施しています。

また、社内にフィットネスジムを設置し、勤務時間前後や昼休みの利用を推奨しています。女性専用の利用時間帯も設けており、運動習慣の定着と健康維持をサポートしています。

職場環境の改善

物理的な職場環境についても、女性が働きやすい環境づくりを進めています。授乳室の設置、女性用休憩室の拡充、セキュリティの強化など、安心して働ける環境を整備しています。

また、ハラスメント防止対策として、外部相談窓口の設置、管理職向けハラスメント防止研修の実施、匿名通報システムの導入など、包括的な対策を講じています。これらの取り組みにより、女性社員が安心して働ける職場環境の構築を目指しています。

女性社員の声:現場から見た変化と課題

営業職女性社員の体験談

営業職として5年目を迎えるA氏(20代後半)は、入社当初の不安と現在の充実感について次のように語ります。

「入社時は女性営業が珍しく、顧客先でも驚かれることが多かったです。しかし、技術的な知識をしっかり身につけ、顧客の課題解決に真摯に取り組むことで、性別に関係なく信頼を得られることを実感しました。最近では、女性ならではの細やかな気配りや、コミュニケーション能力を評価していただくことも増えています。」

A氏は昨年、同期の男性社員と同等の営業成績を上げ、社内表彰を受けました。「会社も女性の活躍を後押ししてくれる雰囲気が強くなっており、キャリアアップへの道筋が見えてきました」と前向きに語ります。

技術職女性社員の挑戦

開発部門で働くB氏(30代前半)は、技術職における女性の立場について率直な意見を述べています。

「技術的な議論では性別は関係ありませんが、チームリーダーとしての役割を期待される場面で、まだ男性中心の組織文化を感じることがあります。しかし、最近は女性の視点を活かした製品開発や、ユーザビリティの向上において、女性エンジニアの価値が認識されるようになってきました。」

B氏は現在、新製品の開発プロジェクトでサブリーダーを務めており、将来的には開発部門の管理職を目指しています。「会社からのサポートも手厚く、外部研修や資格取得の機会も豊富に提供されているので、スキルアップに集中できる環境です」と評価しています。

子育てと仕事の両立体験

昨年復職したC氏(30代前半)は、育児と仕事の両立について実体験を語ります。

「育児休業中も定期的に上司や同僚と連絡を取り、復職に向けた準備ができました。復職後は時短勤務を活用していますが、リモートワークとの組み合わせで、思っていた以上に仕事と育児を両立できています。ただし、急な残業や出張が難しいため、チーム全体でのサポート体制がより重要になっています。」

C氏は現在、マーケティング部門で新たなキャリアを積んでおり、「育児経験を活かした顧客視点での製品企画に携わりたい」と新しい目標を設定しています。

今後の展望と課題

2030年に向けた目標設定

キーエンスは2030年に向けて、以下の数値目標を設定しています:

•女性社員比率: 現在の7.9%から15%への向上

•女性管理職比率: 現在の1%未満から10%への向上

•新卒採用女性比率: 現在の10.6%から25%への向上

•男性育児休業取得率: 現在の5%未満から30%への向上

これらの目標達成に向けて、採用戦略の見直し、キャリア開発プログラムの拡充、働き方改革のさらなる推進を計画しています。

残された課題と対策

女性活躍推進において、まだ解決すべき課題も残されています:

組織文化の変革: 長時間労働を美徳とする文化や、男性中心の意思決定プロセスの見直しが必要です。管理職向けのダイバーシティ研修の強化や、女性の意見を積極的に取り入れる仕組みづくりを進めています。

キャリアパスの多様化: 従来の営業・技術職以外のキャリアパスをさらに拡充し、女性の多様な能力を活かせる職種の創設を検討しています。

ロールモデルの不足: 女性管理職が少ないため、若手女性社員のロールモデルが不足しています。社外の女性リーダーとの交流機会の創出や、他社との情報交換を通じて、この課題の解決を図っています。

業界への波及効果

キーエンスの女性活躍推進の取り組みは、FA業界全体にも影響を与えています。同社の成功事例は他の技術系企業の参考となり、業界全体の女性活躍推進を牽引する役割を果たしています。

また、顧客企業においても女性技術者が増加している中、キーエンスの女性営業・技術者が顧客との新たな関係性を構築し、ビジネスの幅を広げる効果も期待されています。

まとめ

キーエンスの女性活躍推進は、まだ発展途上の段階にありますが、着実な進歩を見せています。数値的には業界平均を下回る部分もありますが、制度整備、働き方改革、キャリア支援など、包括的な取り組みを通じて、女性が活躍できる環境づくりを進めています。

特に注目すべきは、トップダウンでの意識改革と、現場レベルでの具体的な施策実行が両輪となって推進されている点です。女性社員の声を聞くと、確実に職場環境が改善され、キャリア形成の機会が拡大していることが分かります。

今後は、設定した数値目標の達成に向けて、より積極的な取り組みが期待されます。特に、女性管理職の登用促進と、組織文化の根本的な変革が重要な鍵となるでしょう。キーエンスの女性活躍推進の成果は、日本の技術系企業における女性活躍のモデルケースとして、今後も注目され続けることになりそうです。

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